山崎朋子さんのご逝去に接し・・・
- 継田恵美
- 2019年1月18日
- 読了時間: 3分

2018年10月31日、山崎朋子さんが86歳でご逝去されました。
欠かさずニュースなどを見ていたものの存じ上げず、訃報は天草の玉木先生から伺いました。
大変驚き、しばらく言葉が繋げなかった私です。
山崎さんと言えば、元からゆきさん宅に3週間に亘り同居をし、聞き取った内容と取材に基づき
「サンダカン八番娼館」これに続く「サンダカンの墓」を上梓され、今なお重版される大ベストセラーに
なっています。最近では、この2冊が一冊にまとまり文藝春秋より文庫化されています。
「サンダカン八番娼館」は、1974年に熊井啓監督・栗原小巻さん主演で映画化されこちらも大ヒットされたと聞いています。
私はこの訃報に接し、改めて山崎朋子さんに関する本や新聞等の資料を読み返しました。
新聞においては、その当時はまま有ったことなのかも知れませんが、彼女の寄稿にご自宅の住所が文末に書かれていて驚きました。(今では考えられないことではないでしょうか。)
また直近で色川大吉対談集「あの人ともういちど」という日本経済評論社より2016年5月に発行された
本の中で、山崎さんの「新しい女性史をめざして」という対談記事を読みました。
これには、読者の方なら「サンダカン八番娼館」をお読みになりご存知かと思いますが、天草の大江で取材先の方の写真やパスポートを盗んだことについて自ら言及されておられ、これにもまた大変驚きを持って読みました。
更には女性週刊誌の特集記事なども読み返しましたが、山田わか女史の数奇な運命を記した一冊
「あめゆきさんの歌」においては、ご遺族から苦情があったことも書かれていました。
「サンダカン八番娼館」と「サンダカンの墓」の舞台が天草であったこともあり、天草の知人に聞いてみましたが、天草で訃報にちなんで新聞等で特集が組まれたりしていないとのことでした。
私が接した天草の方のみならず各方面より、彼女の強引な取材やその方法に対しては賛否の声があります。その上で、数々の作品があったということも事実なのだと思っております。
からゆきさんについて研究する全ての方が、必ず手に取る本であることも確かです。
私の知人からは、「色々、批判めいたことも書かれたりしているけれど、あの本は他に無い一冊だね。」とか「三週間も身元を明かさず、からゆきさんの話を聞きたい一心で泊まり込んだ根性が凄い。」等々、賛辞も聞こえて参ります。手法に問題は有ったと思いますが、私もそれに同意します。
さて、冒頭の写真は、山崎朋子さんの自筆サインです。
家人が立ち寄った古書店から、「サンダカンの墓が有ったけれど、買っておく?」と連絡をくれた時、
調度、「サンダカンの墓」は知人に貸していたので、返却がいつになるか分からないことも有り、
「では買っておいて。」と頼んだ文庫でした。開いてみたらサインが有ったので驚きました。
以前、サイン本を購入しようとしていたのですが、間が悪く買えず、そのサインの写真を見ていたので、一目見て、山崎さんの自筆であることが分かりました。
そしてまた、この本を購入したタイミングというのは、彼女がお亡くなりになられた直後でした。
今となっては貴重な一冊になりました。大切にしたいと思います。
山崎朋子さんのご冥福を真心よりお祈り致します。
#サンダカン八番娼館 #からゆきさん #山崎朋子




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