top of page

出版のご案内
「南洋のゴム園王 笠田直吉の生涯」


白鶴の大皿.jpg

2025年6月出版 本体税込み2,000円

天草の高浜から遠いマレー半島へ。明治初期、嘉永生まれの笠田直吉は海を渡った。

ネグリスミラン州のスレンバンでゴム園を経営し成功者となり「草分け」と称された直吉。

しかしそこに辿り付くまで、コーヒー農園で失敗してもあきらめず、一から土地を開墾して

ゴム栽培に挑んだ苦難の道のりがあった。

成功者として当地の在留日本人から信頼と尊敬の念を寄せられていた直吉は、初代日本人会会長に就任。現地の日本人を束ね、事業に邁進した。

大らかで大変チャーミングな人柄。苦難を乗り越える粘り強さは天草が育んだものだろうか。

天草・高浜にて取材を敢行。末裔からゆかりの品々や貴重な写真の提供を受けた。

取材の過程で、直吉の後に日本人会会長となった島原出身の朝永誠三と言う人物の胸像を

長崎平和公園にある平和の祈念像を制作した彫刻の大家・北村西望が手掛けていた事実も判明した。天草、島原、マレー半島を結ぶ壮大な内容になっている。

また二部では明治、大正、昭和にかけて、笠田直吉と同郷・(現)天草町高浜から海を渡った赤﨑伝三郎(バルチック艦隊の航行する様を日本海軍に通報し表彰を受けた人物)他、男女34名について詳述。*こちらも末裔から貴重な写真資料を提供頂き多数掲載している。

渡航先は、マレー半島、フランス領インドシナ(現ベトナム)中国大陸、ロシア領、マダガスカル、アメリカのカリフォルニアなど様々。そして鉱山経営、雑貨店、陶器商、薬屋、農家、旅館経営とまた従事した仕事も多岐に渡っている。

中には、マレーシアで長年首相を務めたマハティール氏の自伝に「ミスターシイバは日本人のリーダーだった」と記された人物も居る。夫と共にホテル経営に奮闘した女性、天草の家族を思い懸命に働いた人の中にはレストランを経営し成功させた女性もいた。

異国にあり故郷の同じ水を呑んだ者同士が助け合い共に支え合っていた事実が浮かび上がった。埋もれさせたくない地域史の一辺であり、郷土の誉ではないでしょうか。

言葉も通じない、気候風土も異なり、もちろん食べ物も違う。病気や怪我で命を落としてしまう時代に、彼ら彼女たちは異国で人生の路を切り拓いた。残念なことに、当地で命を落とし、日本人墓地で永久の眠りについている人もいる。

海外出稼ぎ者について既に多くの人が「知らない」時代になっている。懸命に生きた海外出稼ぎ者たちの奮闘と努力を称えたい。そしてこうして故郷を遠く離れ、一生懸命頑張った人々がいたことを未来を繋ぐ世代にも残したい。そんな思いから本書を書きました。

是非、お手に取ってご覧ください。宜しくお願い致します。

取扱い・販売先

・本屋と活版印刷所(天草市中央新町19-1)*通信販売可能 

  「X」のDM から @booksandkappan

・天草本渡歴史民俗資料館(天草市今釜新町3706)0969-23-5353 月曜休

・天草百貨店(天草市今釜新町3530 天草総合庁舎内1階)0969-24-8377 土日祝休

・カストリ書房(東京都台東区千束3-21-14)*通信販売可能

 https://kastoripub.stores.jp/items/68bbe5d9e3848e6b0b24de77

​もしくは、当サイトの「お問い合わせ」のページから直接ご連絡下さい。

​本体税込み2,000円+送料210円にて発送可能です。宜しくお願い致します。

~号外~

2025年11月16日、熊本日日新聞・朝刊に「南洋のゴム園王 笠田直吉の生涯」の

紹介記事が掲載されました。リンクからご参照下さい。

https://kumanichi.com/articles/1925306

 

「からゆきさんからの伝言」~からゆきさんを忘れない交流サイト

                         ©2018 emi tsugita

bottom of page