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​「からゆきさんからの伝言」公式ブログ

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  • 執筆者の写真: 継田恵美
    継田恵美
  • 2025年11月14日
  • 読了時間: 5分
2025年6月出版 定価2,000円税込み
2025年6月出版 定価2,000円税込み

 この度、長らく取材を進めて来た熊本県の天草・高浜の人物「笠田直吉」(1851-1934)

の一代記「南洋のゴム園王 笠田直吉の生涯」を上梓致しました。笠田直吉(本姓・笠直次郎)は、明治初期にマレー半島(現在のマレーシア・ネグリスミラン州スレンバン)に向かい、ゴム園事業で成功しました。紆余曲折あり、最初はコーヒー農園を経営し失敗。多額の負債を追いながらもあきらめず、ゴム園経営に転向し市場が高騰する中、所有していたゴム園を高額で売却することが出来、それを元手に新たな土地を取得しゴム園業に邁進しました。マレー半島における「日本人ゴム園の開祖」「草分け」とも言われる直吉。

一から手掛けたゴム園のノウハウを後進たちに惜しみなく授け、故郷の親戚や若者を呼び寄せ、世話をしました。当地における長老的な存在、また成功者として、直吉は「初代日本人会会長」に就任。在留邦人たちのために尽力します。揉め事が起こっても一たび彼が口を切れば収まったそうです。困った人を放っておけない性格の彼は、地域の誰からも信任が厚く尊敬される存在だったそうです。そして優れた実業家でした。

一例として挙げると、現地で亡くなる日本人達のために私費を投じて「日本人墓地」を開設。その墓苑の周りに直吉はゴムの木を植え、ゴム液を収穫し墓地の維持管理費に充てました。今で言うサステナブルを実践していたことになります。

また組合方式で、ゴム園経営者と協業を図り共に発展し経営を安定させていました。

ゴム産業が隆盛にある良い時期に直吉はその手腕を大いに発揮し、輝いたと言えましょう。


笠田直吉(本姓・笠直次郎)
笠田直吉(本姓・笠直次郎)

 一方、彼は大変チャーミングな人柄でした。関東大震災の話が伝わるや目をしょぼしょぼさせて案じる。また子供たちの教育を考える子煩悩な一面もありました。ドリアンが大好物で、泊まりに来た領事がその臭気で眼を覚ましてしまったという記事も新聞にあり、また私邸の庭に大きな虎が入り込んでうなり声をたてていても「どーもこーも、なかたい!」と悠然と構えていたとのこと。人間味あふれる彼のキャラクターに魅了されたこともこの本を書いた一因になっています。


 さて笠田直吉の取材をする中、彼の故郷(現)天草市天草町高浜からは、多くの人々が海外に発展していたことを知りました。中国大陸、ロシア領、アメリカ、当時のフランス領インドシナ(ベトナム)やマレー半島などの南洋と渡航先も様々。就いていた仕事も多様です。雑貨商、ホテル経営、貸し自動車業(タクシーやバス会社)、鉱山経営、レストラン経営と枚挙に暇がありません。皆、大いなる希望を胸に海を渡って行ったことでしょう。

しかしその当時のことを思うと、言葉が通じないのは勿論、気候風土も異なり、食べ物も違う。一度の病気や怪我で二度と日本に戻ってはこれない環境でした。それでも果敢に海を渡った男女が多くいたことを知り、私は本書の2部に赤﨑伝三郎(バルチック艦隊について日本軍に通報し表彰を受けた天草の人物)を含む総勢34名の方々について書きました。

末裔の皆様から資料を沢山提供頂き、「聞いたこと」「伝えられていること」を語って頂きました。貴重な聞取りになり、また海外に発展した人々についてまとめることができ、これまでにない本になっていると思います。初公開の写真も沢山掲載しています。

中にはマレーシアで長年首相を務められたマハティール氏の自伝に、「ミスターシイバは、日本人のリーダーだった」と書かれた人物もいます。マハティール氏の記憶に刻まれたこんな人物も居たことを知り驚くと共に、多くの皆様に知って頂きたいと思いました。


 また女性の海外出稼ぎと言うと、勢い「からゆきさんですね?」となりますが、決して異国で娼婦だった人ばかりではありません。家の為、家族の為、また家族の事業を支えるために海を渡った女性たち。笠田直吉の妻・ツヤさんも着物を片肌脱ぎで収穫したコーヒー豆の皮取り作業をしていたし、夫のホテル経営を支えた女性、また自らレストランを経営し軌道に乗せていた方もいました。海を渡った女性たちを十把ひとからげに娼婦とするのは誤りです。それについても「あとがき」に天草の郷土史に精通する研究家たちの言葉と共につづっています。明治から大正、昭和の戦前まで、老若男女問わず多くの方が海を渡っていました。中には日本には戻れず、現地で亡くなられ日本人墓地に永久の眠りについている方もいます。偉人や海外留学をした文化人に目が行きがちですが、こうした庶民の中にも、海外で一生懸命人生の路を切り拓いていた方がいることも忘れないで欲しいと思います。


 さてご当地天草では、みつばちラジオにて拙著「南洋のゴム園王 笠田直吉の生涯」を一週間近く取り上げて頂きました。本当に有難いことです。

この本を書くにあたり、末裔の皆様はもちろんのこと、高浜地区振興会の皆様、東京天草郷友会、東京高浜会の皆様にも大変お世話になりました。

私はこの本は、皆様が書かせて下さったと思っています。心から御礼申し上げます。


「取扱い店」をご案内いたします。

・本屋と活版印刷所(天草市中央新町19-1)通信販売可能です。

・本渡歴史民俗資料館(天草市今釜新町3706)

・天草百貨店(天草市今釜新町3530 天草総合庁舎内1階)

・カストリ書房(東京都台東区千束3-21-14 月火定休)通信販売可能です。


また直接購入したい方は、メール emi.tsugita@gmail.comまでご連絡下さい。

本体価格税込み2,000円にプラス送料210円にてお送りします。


 写真が多く掲載されています。また文字も大きめで読みやすい本です。

こうした先人たちが居たことを忘れずに、未来を繋ぐ世代にも語り継いでください。

お手に取って頂けましたら幸いです。宜しくお願い致します。

                                 筆者

天草西海岸「白鶴浜海岸」
天草西海岸「白鶴浜海岸」

 
 
 
  • 執筆者の写真: 継田恵美
    継田恵美
  • 2021年5月18日
  • 読了時間: 1分

令和3年5月。東京オリンピックの開催やコロナワクチンについて連日報道されています。 コロナ収束には程遠いという印象を受けています。

それはもしかしたら、緊急事態宣言が延長になっている東京にいるからかもしれません。 一方、地方に目を向けても、次第次第に感染が広がり、緊急事態宣言の発出される道府県が増えて行っています。私が調査で伺うことが多い熊本県もです。

お世話になった皆さんの顔が目に浮かびます。

ご高齢の方々も大変多かったので、体調が心配でもあります。 会えない間に亡くなられてしまった大切な方へのお参りも叶わぬままです。

今、東京から地方へ、県をまたいで移動することはとてもできません。

ご迷惑をおかけしない様にと自粛しています。

自宅にいる時間が大変多くなる中、資料を再読したり新たな資料を探す毎日です。

読み返す資料に、行間に、何か一つでも学びがあればと思っています。

どうぞ、皆様お健やかにお過ごしください。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 継田恵美
    継田恵美
  • 2021年1月15日
  • 読了時間: 2分

皆様、新年を迎えいかがお過ごしでしょうか。

昨年来、新型コロナウィルスの感染拡大により、暮らしのみならず様々な影響が及んでいます。自分の居住する地域から他地域への往来を自粛している方がほとんどかと思います。

思い返すと昨年2月上旬、念願だった天草への再取材を果たすことができ、一年後の今、

このような深刻な状況になって二度目の緊急事態宣言が発出されていることなど想像もできませんでした。それは誰しも同じ思いだと思い至ります。


年明け、天草の何人かの方とお話をする機会がありました。例年にない寒さに見舞われ、滅多に降らない雪が降ったこと。またご当地でのコロナ対応なども伺いました。

天草弁が耳に、心に、ほんわりと温かい。

会いたいな…。お目に掛かりたいな…。と、電話の最中、何度そう思ったことでしょう。

今は我慢の時。私だけではなく、迎えて頂く天草の皆さんからも「もうちょっと待ってね。安心して会える時までね。」とお声掛けを頂きます。 思いは募りますが、コロナが収束するときまでは電話やお手紙で交流をさせて頂こうと思っています。今できることを模索し、それを重ねて参ります。 新しい年が、皆様にとって良い年になりますように。 そして一日も早く、このコロナ感染症が収束しますように。

今年もまた、宜しくお願い致します。


 
 
 

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