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「加奈陀(カナダ)の魔窟」を読む

  • 執筆者の写真: 継田恵美
    継田恵美
  • 2019年1月24日
  • 読了時間: 3分

加奈陀の魔窟を紹介した工藤美代子さんの著作

「カナダ遊妓楼に降る雪は」は、1983年12月20日に晶文社より、続編にあたる「哀しい目つきの漂流者」は、1991年5月25日に集英社から出版された工藤美代子さんの著作です。

この本の中に、1910年にバンクーバーの大陸日報社(現地の新聞社)で発行された「加奈陀の魔窟」について書かれています。(注)「加奈陀」は、カナダの当て字です。

「加奈陀の魔窟」は長田正平という記者によって書かれました。

バンクーバーは、現在のカナダ連邦ブリティッシュコロンビア州南西部にある都市だが、明治から大正にかけて、かなり多数の日本人が北米にも出稼ぎ移民として移住していた。勿論、男性だけではなく女性も多く、中には「魔窟」すなわち 「娼窟」で働く女性も居たと言う。

工藤さんの本で驚いたのは、当時バンクーバーの娼窟で働いていたという娼婦の写真、また写真だけでなく名前が実名で書かれていたことで、長田という記者が実際に娼窟に出向いて滞在しながら書かれた内容や、当時の日系移民の様子にも触れていたことでした。

例えば、上部に掲載した2冊の本の表紙にあるのが、「加奈陀の魔窟」の口絵写真であり、この様な写真が7枚出ているほか、彼女たちの源氏名(メープルさん、おつうさん等々)また関係者が実名で書かれています。例えば・・・「滋賀県神崎郡の女、かつては江州にて茶屋女に入り込みしことあり、沢田某に嫁して渡米しワシントン州シアトル市にて白人とりの醜業婦となり、(略)英語名前メープル、日本の呼び名はます、本名コマ」という様にである。

「魔窟」というタイトルからあるように、これは当時、カナダの日系移民にとっては暗部であったにもかわらず、大陸日報社の新聞に広告も載りそれなりに売れたようなのだが、ご存知の通り、第二次世界大戦の際、北米に残留していた日系人は最小限の荷物だけ持つ事を許され強制収容所に入れられ、私物を放棄してしまった為、この「加奈陀の魔窟」は現存しているのは数えるほどだと言われています。私は国会図書館にこの「加奈陀の魔窟」の複写がある事を知りましたが、閲覧できるのはもちろん原本ではなく、極めて悪いコンディションの原本を複写したもので、判読するのが困難だろうと言われ、通っても読み切れないと思っていました。しかし、なんとこの「加奈陀の魔窟」が岩見照代さんにより「異文化性幻想〈1〉西洋娼妓事情/加奈陀の魔窟 (近代日本のセクシュアリティ―女性の描かれ方に見るセクシュアリティ) 」という本で2007年4月にゆまに書房から出版されていることが分かりました。急いで図書館に問い合わせ、管轄外の地域の図書館から取り寄せ、全文読むことができました。ご興味のある方は、是非!結構驚くような内容でした。

一言に「からゆきさん」というと、サンダカン八番娼館のイメージが強い為に、アジアや南洋という印象を持っておられる方も多いと思いますが、シベリアなどへの北方行のからゆきさん、また北米行きのからゆきさん、果てはアフリカ、オーストラリアと、世界中と言っても過言ではないほど広域に亘ります。当ホームページにも書きましたが、世界各国を歩いた思想家の志賀重昴はアラビアの砂漠で『もしもし』とからゆきさんだった女性から声を掛けられ『三十年ぶりに日本人の顔を見ます。』と言われたと言いいます。カナダのからゆきさんについて、「加奈陀の魔窟」またそれを見つけて紹介された工藤美代子さんの「カナダ遊妓楼に降る雪は」と続編「哀しい目つきの漂流者」は大変詳しく書かれていますので、ブログでご紹介致しました。#からゆきさん #カナダ #日系移民


加奈陀(カナダ)の魔窟表紙・バンクーバー大陸日報社とある



 
 
 

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